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zoom RSS 古き良き80年代と90年代!〜ペナントレース・ワンディトーナメント その2

<<   作成日時 : 2008/10/18 22:01   >>

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第1回戦を終え、スタートの7チームが、4チームに絞れたところで、準決勝に。

[準決勝−第1試合 06年日ハム(リンクス)対86年西武(kawa)] 
 ともに、パリーグを代表する新旧のバランスチームの戦い。ただ、日ハムが主力投手を先の延長戦で消耗している分、盤石の投手陣の西武がやや有利か?!
 試合は、今トーナメント屈指の投手戦になります。西武先発の郭泰源は、オリエントエクスプレスの異名通り、初回からブンブンと飛ばします。新庄の4三振(!)をはじめ、田中賢介を除く、全先発から三振を奪う、快刀乱麻!時折、四死球でランナーを出すものの、4回までノーヒットピッチング。対する日ハム先発のリーは、荒れ球が効を奏して、ランナーを出すものの、要所を締めて、序盤の押さえ込みに成功します。
 ゲームが動いたのは、3回でした。1アウト後、秋山がエラーで出塁すると、4番清原がきっちりとエンドランを決め、1/3塁。岡村はサードゴロに倒れたものの、6番金森がタイムリーを放ち、2点を先取します。1回戦同様、敵失にきっちりと付け込み、揺さぶりをかけるあたりは、さすが王者西武です。
 その後、ゲームは両チームの投手陣の活躍で零行進が続きますが、試合を決めたのは西武のだめ押しでした。8回裏に、辻が四球で出ると、すかさず、秋山が2ベースを放ち、貴重な1点を上げます。
 迎えた最終回、散発2安打とここまで完璧に押さえられてきた日ハム打線が、意地を見せます。トップバッターの森本と小笠原が連続四球を選び、ノーアウト1/2塁!ここで、一発が出れば即同点で、バッターは頼れるクリーンナップ!リンクスさんの気合いのサイコロが転がりましたが・・・郭泰源の方が上でした。4番セギノールを三振に切って取ると、怖い稲葉を落とす球で内野ゴロに!3−6−3とボールが回って、あっという間のダブルプレーで試合終了。
 終わってみれば、敵失にきっちりと付け込み、揺さぶりをかける西武の試合巧者ぶりと、郭の14奪三振(!)が光り輝いた一戦でした。やはり、80年代の西武は、強いゾ!

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[準決勝−第2試合 89年オリックス(Rotenstein)対97年ヤクルト(yagi)]
 1回戦を破壊的な打力で粉砕したオリックスと、もっとも脂ののっていた90年代ヤクルトの戦い。ちょっと遅れてきたyagiさんが、愛するヤクルトを駆って、シード扱いで参戦です。石井一A・田畑B・吉井Bの要の先発陣に、高津A・伊藤智A・加藤B・野中Bの強力救援陣。宮本・土橋・池山の鉄壁内野陣に、俊足の飯田・主砲ホージーを擁する外野陣。そして、司令塔は、野村野球の申し子−古田。カツノリがいるのが愛嬌ですが、これまた、優勝の可能性十分のバランスチームです。
 試合は、抜きつ抜かれつの好ゲームになります。3回裏、ヤクルトが宮本・池山・ホージーの三連打で、先発ホフマンCを攻め、2点を先取します。と、5回表、チャンスを作るものの、吉井Bに押さえ込まれていた、ブルーサンダー打線が火を噴きます。3番ブーマーがソロHR で花火を上げると、門田四球の後、藤井の3ベース、本西のタイムリーで、3点をもぎ取り、一気に逆転します。
 ヤクルトも、負けておらじと、その裏、2ベースの飯田を置き、4番ホージーがタイムリーで同点!さらに、7回裏、疲れの見えるホフマンを攻め、またも4番のホージーが、この日、三点目のタイムリー(!)を放ち、ついに4対3と逆転に成功します。
 ここで、ヤクルトは、高速スライダーの伊藤智Aを投入し、逃げ切りにかかりますが、そうはオリックスが卸しません。6番本西の3ベースでチャンスを作ると、代打熊野がきっちりと犠飛を上げて、またもや同点!
 行き詰まるシーソーゲームを決めたのは、やはり4番の一振りでした。9回、オリックスはヤクルトの加藤Bを攻め、1アウト1/3塁にします。ここで悩める主砲−門田が登場!左対左でしたが、外へ逃げる球を逆らわずに打ち流し、タイムリー3ベース!本西のだめ押しタイムリーも出て、勝負を決めます。最後は、エース星野Bがなりふり構わず、リリーフ登板し、三者凡退に切って取りました。
 両チームの特徴が良く出た、熱戦でした。敗れはしましたが、決勝へ行く前に、yagiさんから「ヤクルト命」のAAR(というよりエッセイ?)が届いているので、ご覧ください。

『あの頃のヤクルトが、神宮球場が好きだった』

 最近の私・yagiは、父兄からの呼び出しが多いんです。この日も長兄から手伝いを頼まれ、昼過ぎまで千葉市内をウダウダと走り回りまして。それも無事を済んで、長兄にちはら会まで送って貰い14:00過ぎに会場入りしました。
 すると、予定していた『熱闘プロ野球・ワンデェイトーナメント』は進んでおり、私の出番はないかと思われたんですな。しかし、そこは“イイ加減”の千葉会&ちはら会。罹ったエモノは逃さない、と後付けのシードとして参加となりました。
 私が「ホーナー、ホージーを使いたい!」と言ってヤクルトのカードを選んでいたら、何やら様子が違うんです。だって捕手が古田じゃなくて八重樫なんすよ。「おかしいなぁ」と言いつつ、mitsuさん秘蔵“熱闘プロ野球コレクション”を漁っていたら、いましたいました。1997年のヤクルトに、古田、ホージー、ブロスが。どうやら名前の響きだけで覚えていたため、勘違いしていたみたいっす。
 「土橋が!伊藤智仁が!それに岡林に飯田、宮本慎也、川崎憲次郎も!」と私が騒いでいたら、周囲から「せっかくのヤクルトなんだから、何も優勝した年を使うことはないでしょう」とクレームが。いや、優勝したからではなく、あの頃のヤクルトスワローズや神宮球場が好きだったんです。まあ、いつものような遠回りになりますが、余談に付き合ってくだされ。
 私の10代に野球でいい思い出がありません。皆さんもそうでしょうが、当時の男子は野球をやるモノだったんですね。私も親からグローブやバットを買って貰いましてね。近所の野球チームに入ったりした訳なんです。私は、まあ運動神経は悪くないんですが、野球には合わなかったんですな。それにいじめっ子なんかが幅をきかせていて、ミスをヤジったり、ムキになって怒ったり、と。ルールもろくに知らなかったから、すっかり嫌になってしまいまして。
 高校時代もそう言ったことがありましたねぇ。私は高校に入学した時に、頭もそれほど良くなかったし、家もお金がなかったから、卒業したら就職することは見えていたんです。だから、就職で有利にするために、3年間スポーツの部活を続けた、という実績が欲しくて、同級生が作ると言っていたハンドボール部に入ったんです。何せ、私らがハンドボール部の初代ですから、先輩もいませんしね。でもね、ハンドボールって面白いんですよ。私に合っていたんでしょう。笑い種になっているのが、地区の新人戦で一年目は全敗したのが、二年目は全勝する、と。顧問の先生が喜びましてねぇ。その先生と卒業後に飲んだら、その話しを笑いながらしてましたっけ。2年生の頃には県内のベスト4には入っていたんです。まあ32校中の4ですから、3回勝てばなっちゃうんですけどね。もう一つ勝てばインターハイというところで負けちゃいまして。この頃から、強いけど肝心のところで負ける、というのが付いて回っています。
 で、私達はそこそこ強いという自覚はあったんですがね。朝礼の校長が、いつも「高校男子の青春は野球だ」みたいなことを言うんですよ。んん、そう言えば、この校長はろくに朝礼をしなかったなあ。まあ、またの朝礼でそんなことを言うんです。それに野球部と言ったら、弱いくせに態度がデカイし、練習する場所も取るし、予算も掛かるんですよ。
 おまけに、野球部に友人がいたから、試合があるので臨時の応援団を買って応援へ行ったんです。そうしたら、相手は銚子商業という強豪。こっちはブラスバンド部まで動員して大応援団を組んでいるけど、向こうは2回戦くらいだったから野球部の補欠のみ。
 試合経過も辛いんですよ。あちらはバンバン打つけど、こちらは前にろくに飛ばない。始まってすぐに「ダメだこりゃ」だったんです。それでも、一生懸命に応援はしましたよ。だって、早稲田大学のOB先生が、友達の早稲田大学応援団OBに頼んで練習までしたんですから。結果は応援の甲斐なく7回コールド負け。この7回コールド負け、というのも辛い。だって、5回の時点で大差がついていて、1点足りないだけでコールドにならなかったんです。内心、「えー…」とは思ったものの、試合は続きまして。6回には、さらに相手に追加点が入って、今で言うならさしずめKY。そんなこんなで、野球に縁のない生活が続いたんです。
 そんな私に「やぎよお(そう、いつまでどこでも私はやぎと呼ばれているんです)、ヤクルトの試合を見に行こうぜ」と誘ったのが床屋のトモちゃん。多少は抵抗があったものの、いつも映画の券を貰っているし、この人が誘ってくれてハズレはないから、と行ってみると、これがイイ!もう一回言っちゃおう。これが(゜∀゜)イイ!!!

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 千駄ヶ谷の駅から神宮球場へ向かって歩いて、途中の自動販売機でビールを買って。平日のナイターだから、外野自由席でも結構いい席を取れたり。そう、古田がヤクルトに入って、これから強くなるところだったんです。一杯やりながら応援してると、当時はヤクルトの名物応援団長で岡田さんていて。私が中学生くらいの頃かなぁ。「がんばれタブチ君!」という4コマ漫画があって、その中の通りの風貌。声をかけると隣に座って話しをして。「オレはツゥインクル(競馬)に行きたかったけどよぉ、若いモンが迎えに来たからにゃあねぇ…」と。それにヤクルトの応援団も観客も、皆さん人が良さそうなの。後ろじゃあ「オレは西鉄時代から真弓が好きなんだあ。だから真弓だけは応援させてくれー!」と声が上がれば、前で「小声だったらいいぞー!」と返事があったり。のんびりしてるんですわ。

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 応援団の若い兄ちゃんだって、タイガースなんかはヤンキー上がりみたいだけど、ヤクルトは眼鏡が似合う、学校の整列で小さく前に倣えをやると腰に手を当てるそうな人だしさ。ちょっと太めのお姉ちゃんも応援団にいたりしてね。とても平和な雰囲気。
 神宮球場自体も(゜∀゜)イイ。外野席から眺めると、ちょうどテレビ目線と同じ高さなんです。これはマリンスタジアムとも共通して、観戦するのに落ち着きがあるんですよ。これが東京ドームだと、見下ろす感があって、野球を見に来た気にならないっす。
 選手も良かった。90年代はヤクルトと巨人の黄金時代と呼ばれていましてね。両チームとも4回優勝していて、後は横浜が1回で、残りの一つは?阪神はまだ早いなあー。広島はここ20年はBクラスだし、中日かな?
 ここからは私が選んだ1997年とも絡めて行きますよ。まだまだ付き合ってね。ヤクルトを語る上で野村監督と古田の話しは、良く聞きます。しかし、その前の関根監督を抜いては、ヤクルトの黄金時代は語れません。関根監督が池山や広沢なんかを、のびのび育てたのが、後の躍進に大きな寄与をしているんすよ。まあ長島一茂を獲得したのは、笑いのツボを押さえたちゅうことで。
 何より、当時のヤクルトは野球が上手かった!FAが導入され、巨人(だけ)なんかが大枚払って、有名選手を引っ張るのにヤクルトは違う。
 まず外国人選手の獲得でも、無名で年収が3000万円くらいで雇って、それが1〜2年はそこそこの活躍をするんです。今回のメンバーに入っているホージーだって、見た目は決して野球選手らしくない。背だって高くないし、筋肉隆々でもない。そう、今で言えば演歌歌手のジェロに似てます。背格好もあんなモノだし。でも年間30本塁打なんか打って、打点も90くらい稼いじゃう。

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 野球も1点差で勝ったり、その1点を取るのも上手い。四球で出たランナーが盗塁で2塁まで行って、送りバンドで3塁。そして外野フライで1点、とかね。

 では、今回のスタートラインアップから紹介して行きましょう。
 1番センター・飯田。ヤクルトの韋駄天。野村監督がヤクルトに入って来て、肩の強い選手はいねえかぁ?の目に止まり、キャッチーからコンバートされた。足の速さと、守備の上手さには定評がある。この年は3割を打っている。
 2番セカンド・宮本。守備のスペシャリスト。オリンピックの日本代表で主将を2回務めている。この宮本と古田の守備練習は凄かった。宮本が2塁にいて、古田がキャッチー(当たり前だ)で、盗塁を阻止するシチュエーション。宮本が古田へ軽くボールを投げると、古田はピッチャーから受けるように腰を落として受け取る。受け取ると同時に立ち上がって、2塁の宮本まで素早く返球。宮本は取ると、タッチするように2塁ベースを叩く。そして古田にボールを戻す…。ということをやっていたんですが、古田の返球といい、宮本の送球といい、全部同じところに来るんですよ!それを見ている内に何十回も続けるんで、それだけでも神宮球場に来た甲斐はありました。
 3番サード・池山。ブンブン丸ですよ!ルックスがかわいくて、女の子にモテたけど、守備は上手い。一茂と比べると…、比べちゃ悪いか。この年は30本塁打だっけな?100打点?
 4番ライト・ホージー。さっき出た外国人選手。ホントにラッパーの方がお似合いだった。
 5番キャッチー・古田。古田が3割を打つとヤクルトは優勝したんです。この年がそのジンクスの最後でした。古田は数々の栄光で語られていますが、怪我にも泣かされた選手生活でした。元々関西の生まれで阪神ファン。しかし、阪神のスカウトが「眼鏡をかけたキャッチーはダメ」と。ヤクルトのスカウトや上層部は勇気があったんですね。守備やリード、それに盗塁阻止には定評がありました。しかし選手生活の3年目に、右手の人差し指を骨折するんです。それ以来、盗塁の阻止率が少し下がって、また何年かしたら同じところを骨折…。最初の頃は、ピッチャーの球を受ける際に、右手を右太腿の前に乗せるように置いていたんです。その方が送球も早いし、キャッチングミスのフォローも早い。ところが、ファールボールがその右手に当たって骨折。だから、それから復帰後は腰の後ろへ回すようになっていました。それ以降、エラーが増えたし、盗塁の阻止率も悪くなって、また骨折(涙)。

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 6番レフト・7番ファースト・ごめん、この二人は忘れちゃった。スコアシートがmitsuさんのところだもんね。[6番は江川に引導を渡した小早川・7番は今は日ハムで活躍中の稲葉−mitsu註]
 8番ショート・土橋。千葉は船橋市出身。野球が強かった、私の地元印旛高校卒業。船橋の自宅から印旛高校まで3年間、チャリで通っていたそうだ。片道20qくらいある。バットを短く持つのが特徴だった。
 9番ピッチャー・吉井。近鉄から来たサムライがぴったりの風貌。後にメジャーリーグへと行く。でも、あんまり活躍しなかったなあ。日本に戻って来て横浜だかにいたけど、ぱっとしなかった。おそらく、この頃が全盛期。

 試合経過は、あまり覚えてないんですよ。スコアシートがmitsuさんのところですから。
確か、3回にヤクルトが2点入れて。5回くらいにブレーブスにボカボカ打たれて逆転。でも7回に再逆転して、ヤクルト4点対ブレーブス3点の1点差で向かえた8回表。ヤクルトはワンポイントで伊藤智仁を投入。伊藤は一年をまともに通して働いたことがないんですよ。怪我に泣かされて。高速スライダーが有名で、誰も打てなかったんです。でも、評論家に言わせると、怪我のしやすい投げ方だ、と。その言葉通りに一年投げたら二年休んで、ようやく復帰した年なんです。7勝6敗19セーブだから、首脳陣も慎重に使ったんでしょうね。
 
 さて、思い入れたっぷりで投入した伊藤ですが、こちらの思うようには働いてくれません。いきなり先頭に打たれると、ポカポカと連打で同点。がっかりでした。その裏にちょうど伊藤まで打順が回って来たので、代打を送りました。誰にしようかと選んでいたら、カツノリに目が止まって離れません。親の我が儘で阪神から引っ張って来た、野村監督の息子です。選手としては2〜3流ですが、性格の良さと気配りで皆から好かれているそうです。えー、3流らしくダメでしたが。

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 さて、同点の9回。押さえは高津に決まっていましたが、同点のこの時点では悩みどころ。他のピッチャーはと見ると、ブロスに田端、岡林、石井一久と怱々のメンバー。でも先発要因っぽくね?
 で、ふと眺めると加藤の名前が。私はすっかり忘れていましたが、成績もいいし、どうやら中継ぎみたいだから、ちょうどいいや、と投入。これが先頭打者からいきなり3塁打っすよ。ピッチャーのさらに交代も頭を過ぎりましたが、相手の87年ブレーブスってピッチャーが誰が投げても変わらんのじゃん、と。続投させましたが、結局、この回に3点を入れられゲームエンド。

 でも、私が一番野球を好きだった頃に戻れたんで、とてもよかったです。(了)

 そして、いよいよ、トーナメント決勝へ。ペナントを制するのは、80年代の若獅子か青い津波か?!

[決勝戦 86年西武(kawa)対89年オリックス(Rotenstein)]
 破壊的な打線のオリックスと超バランスチームの西武との最終決戦。試合は、予想だにしない、大乱戦で幕を開けます。1回表、強力オリックス打線が、先発の工藤Bを捕らえます。松永・福良・ブーマーの連続ヒットであっさり先制点を入れると、絶好調の6番藤井が2ランをたたき込み、はや4点!

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 これはオリックスペースかと思いきや、その裏、伊藤敦Cが大乱調!辻に2ベースの後、2アウトから(途中の内野安打を挟んで)なんと4連続四球!9番伊東にまでタイムリーを打たれ、5対4と逆転されます。
 このまま、いったらどんだけ〜と心配されましたが、2回以降は両投手とも嘘のような立ち直りで、5回まで零行進になります。再び、試合が動いたのは、中盤でした。
 6回表、1回以外はほぼ完璧に押さえられてきた工藤Bに対し、2アウトから石嶺がヒットで出塁。と、ここで、またもラッキーボーイ藤井が逆転の2ラン!一瞬の隙をつく逆転劇です。
 ここで、オリックスは守護神酒井Bを投入し、逃げ切りを計りますが、しぶとさで定評のある西武が食い下がります。7回裏、1アウトからスーパールーキー清原が、値千金の同点HR!ゲームは、6対6の振り出しに。西武も7回からは、守護神石井毅Aを投入し、一歩も退かない構えです。

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 試合を決めたのは、8回裏の攻撃でした。下位打線のブコビッチ・金森が連続ヒットでチャンスを広げると、9番の若武者伊東がレフトオーバーの2ベースで勝ち越し!さらに、2番辻がしぶとくタイムリーで追加点!
 これで、試合は9対6。最後は、石井毅Aがオリックス打線を三者凡退に抑えて、ゲームセット。総合力で勝る西武が、そつのない試合運びで、優勝をもぎ取りました。

 3戦の成績から、MVPは第二戦で14奪三振で完封した、郭泰源が獲得しました。敢闘賞は、3試合で12打数5安打、3HR、8打点の藤井に決定しました。 

 久しぶりのワンディトーナメントでしたが、参加者も多く、大いに盛り上がりました。また、希望があれば、次回以降も開催したいと思います。次こそ、阪神タイガースの底力を見せつけるぞ!

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勝手に「初芝」杯?トーナメントを開催!〜ペナントレース・ワンディトーナメント(HJ/同人)
初戦は、連続開催となった「ペナントレース・ワンディトーナメント」です。書き込みが少なかったので実施が危ぶまれましたが、ふたを開けてみれば、Rotensteinさん・sawadaさん・リンクスさん・TRIGUNさん・エンジョウさん・mitusの6人の同志が集まり、無事、対戦をすることができました。 ...続きを見る
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2008/11/03 22:58

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