歴史・戦史研究「ちはら会」

アクセスカウンタ

zoom RSS 三河地方は、晴れ、時々、義元の首?!〜強襲!桶狭間(翔企画)

<<   作成日時 : 2008/01/31 22:47   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

午前中、ぼちぼちとみなさんの集合を待っていたところ、常連のkawaさんが来場しました。「ちはら会の海軍提督」にしては珍しく、その手には、「決戦!関ヶ原」(CMJ)や「天下強奪」(CMJ)などの日本史ものが・・・その中で、お手頃な「強襲!桶狭間」(翔企画)をプレイすることにしました。希望により、kawaさんが今川軍で、mitsuが織田軍の担当です。

画像

まず、織田軍のセットアップは、ほとんどのユニットを今川本陣に貼り付ける、得意の前面攻勢モードです。この作戦の狙いは、本陣に圧力をかけることで、敵の進出を遅らせ、あわよくば義元の首を狙おうというもの。ダミーを含め、11個のユニットで、本陣に迫るので、かなりのプレッシャーを与えられます。

第1ターン、織田軍の前衛グループが高い機動性を発揮して山地を踏破し、今川軍登場エリアに迫ります。また、織田信長本陣が、ダミーと共にマップに進入します。これに対し、今川軍は、砦の攻略に向かいます。3カ所の砦を複数ユニットで攻撃しますが、全てダミー!肩すかしを喰らいます。一方、義元本隊は、哨戒線を張りながら、ゆるゆると前進。

画像

第2ターン、前衛部隊が早くも義元本隊に接触します。防衛ラインの都合で退路を遮断されている1ユニットに対し、3ユニットで攻撃!+2差の攻撃でしたが、敵の退却に成功し、逃げ場のないユニットが除去されます。討ち取りも好調で、はや2点を奪取。一方、織田本隊は、ダミーをばらまきながら、敵を迂回しながら、南下へ。

続く、今川軍ターンに、悲喜こもごもの戦闘が起こります。まず、葛山氏元隊が織田本隊に突っかかり、前衛の柴田勝家を攻撃。drが冴えて、これを壊滅!討ち取りにも、成功します。「ああ、早くも権六が・・・」これで、史実の賤ヶ岳はなくなりました。次に、別働隊が善照寺砦を強襲!ここは本物でしたが、+4差で後退に。中央部の織田方の砦群は、全て、陥落します。

画像

予想外だったのは、今川本隊です。突破に向け、正面の敵を撃破せんと、山地の敵に3ユニットを集中し、+2攻撃をかけますが、まさかの敗退!あろうことか、本陣前面の1ユニットが討ち取られ、大穴が開いてしまいます。思わぬチャンス、到来!

画像

未だ、雨は降らずとも、このチャンスを見逃さんや!前面に展開していた林通勝と佐久間盛重の2隊が、この間隙から突入し、義元の首を狙います。敵の本陣は、後退が不可能で、戦力差は+2!はたしてdrは・・・豪傑の佐久間盛重が、見事に義元の首級をあげました。

画像

昨年の六万寺さん・リンクスさんとの対戦以来、この作戦で3連勝となりました。しかも、雨に頼らず、全てが晴天での義元狩りに成功しています。この作戦は、かなり有効かもしれません。もっとも勝っている間は、硫黄島同様に、反対側(今川軍)をなかなかやらせてもらえないので、一度、アンチ戦術をやってみたいのですが・・・。織田軍フリークの挑戦をお待ちしていますよ!

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
やだ、
桶狭間は三河でなくて?
それともひそかに野田センセイのファンなのかしら?
その3
2008/02/02 02:44
おお、こっちもおっしゃる通り。アップが多いと、ケアレスミスが・・・。

実は、業務多忙と重なって、記事作成がたいへんでした。人数が少ないとアップは楽だけど、さみしーし、今回のように、多いと、文字通り、アップアップ。まあ、うれしい悲鳴です。
mitsu
2008/02/02 21:11
 はい、山崎美鶴です。

 そうなんですよねぇ・・・。
桶狭間どころか、小牧長久手の戦い
の長久手戦(岩崎砦戦)辺りまで含めて
地元民以外には「三河じゃないの!?」
と言われる事が実に多いんですな。

 名古屋近郊育ちの当方からすれば
(自分で近所をスクーター馳走・・・。)
実際に近所を走っていたりしますが
「戦名は通ってもネームヴァリューは??」
だったりするんですよね。

 まぁ、両戦とも尾張三河の境界付近で
起こってまして、あと、地形的には
司馬遼太郎先生が言っておられる表現。
「尾張は野で、三河は山がち・・・。」
からすれば、完全に三河的な地勢なので
境界線を知らずに、先に現地に行くと
どちらも「三河の地勢かな??」と考えて
しまう様な起伏地勢です。
(ちなみに小学校の高低差彩色地図帳を
参照して頂くと歴然。尾張は殆ど全部
緑色の標高100m未満。三河は逆に
尾張寄りの碧海郡近所を除いて、
海岸線ギリギリまで山が迫る。)


山崎 美鶴
2008/02/02 22:07
山崎さん、やだ、尾張だったの。
失礼しました。
mitsuさん、再訂正、早く、早くぅ、
その3
2008/02/03 22:26

コメントする help

ニックネーム
本 文
三河地方は、晴れ、時々、義元の首?!〜強襲!桶狭間(翔企画) 歴史・戦史研究「ちはら会」/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる